日本高等教育評価機構だより(日本私立大学協会発行『教育学術新聞』連載)

平成28(2016)年7月27日分掲載

評価充実協議会報告
『地方文化と教育』ほか

 去る7月13日、東京ガーデンパレス(東京・お茶の水)において、(公財)日本高等教育評価機構の主催による、第11回評価充実協議会が開催された。
 この協議会は、本機構の会員校等に対するサービスの一環として、認証評価制度に係る最新の情報や、前年度の評価校による事例報告などを中心に、本機構の会員校と本機構との間の情報の交流を円滑にすると同時に、会員校同士のつながりを強めることを主な目的とするものである。今年度の協議会には、156校の会員校から約260名の理事長・学長・幹部教職員等が参加した。

高等教育行政の現況

 プログラムの次第は、第1部として本機構の黒田理事長が、開会のあいさつに引き続き、「高等教育政策の最近の動向」と題して、文部科学省や中央教育審議会が主導する高等教育行政の最新の状況に触れた。特に本年3月31日付けで公表された3本の改正省令、すなわち「三つの方針(3P)の設定と義務化」「スタッフ・ディベロップメント(SD)の義務化」「認証評価細目省令の改正」は、近々のうちに認証評価の受審を予定している大学にとってはきわめて有益な情報であり、また黒田理事長が中心となって議論が進められている「大学制度の多様化について」(平成28年5月30日付け中教審答申)と、有識者による「私立大学等の振興に関する検討会議」は、いまだマスコミ等によっても十分に詳細が伝えられていない喫緊の重要なトピックであり、今後の我が国の高等教育全体のあり方に大きな影響を及ぼす事柄として、参加者の関心を呼んだ。

黒田壽二理事長。「三つの方針の設定と義務化」など最新の高等教育政策について解説した。

教育と文化

 プログラムの第2部は、岡山県倉敷市にある「大原美術館」の理事・名誉理事長である大原謙一郎氏による「地方文化と教育」と題する1時間半にわたる講演である。本機構が実施した過去10回の評価充実協議会における講演の演者は、いずれも文部科学省の行政官、あるいは高等教育研究者などの教育関係者だった。しかし大原氏は、講演の冒頭で自らを公益・非営利法人の経営者であり、本質的にビジネス・パーソンであると述べたように、本機構の評価充実協議会にとっては異例の講師となった。
 本機構の会員校は短期大学(13校)を含めて353校に上るが、それらに共通しているのは、①北海道から沖縄まで、各地方に万遍なく散在している②比較的歴史が浅く小規模な大学が多い③いわゆるオーナー系大学が多い、などといった特色である。
 ①については、これらの大学が豊かな地方性と多様性に恵まれていると言い替えることができよう。すなわち本機構の会員校の多くは、多様な文化的特色を持つ地方に立地し、その地の教育や文化の発展に大きく貢献してきたのである。②は、いわゆるマンモス校などとは異なり、個性豊かな教育を実践しているということであり、③は創設者の遺訓である建学の精神を堅持している大学が多いということであろう。

大原美術館理事・名誉理事長の大原謙一郎氏。地方における大学の重要性を力説した。

 大原氏は講演の中で頻繁に「文化・芸術・人文学」の三語に触れた。曰く、「文化・芸術・人文学の復権」「文化・芸術・人文学は、万能ではないが無力でもない」等々である。世間には「文化」という語彙が溢れているが、文化とは何だろうか?文化を最初に定義したのは、19世紀の英国人人類学者のE.B.タイラー(1832―1917)だといわれている。彼はその著書『原始文化』(Primitive Culture)の冒頭で、「文化…とは、知識、信仰、芸術、道徳、法律、風習、その他、社会の一員としての人間によって獲得された、あらゆる能力や習慣を含む複合的な全体である」といっている。
 学問や芸術を「ハイカルチャー」(上位文化)と呼ぶことがあるが、それらだけが文化ではない。文化とは、個々の民族や社会集団が蓄積してきた、有形無形の価値や慣習のすべてであるといえよう。

 思いつくままに文化の特性を列挙すると、以下のような点があげられる。すなわち、①あらゆる民族や社会集団は固有の文化を有する。②文化は、民族や社会集団の構成員によって共有される。③文化には芸術、言語、服装、食、住居といった外面的な生活様式や習慣のみならず、価値観、道徳律、宗教などの内面的な生活様式や習慣も含まれる。④文化は学習によって、世代を超えて継承される。⑤文化は、民族、社会集団の構成員に共通するアイデンティティの源である。
 さらに加えれば、文化とは本質的に「個」であり、「民」の所産であって、「官」の規制や指導になじむものではない。
 大原美術館は謙一郎氏の祖父である大原孫三郎氏によって創設されたものであるが、それ以外にも国内の多くの美術館が地方の民間人の手によって、創設されたと謙一郎氏は強調した。すなわち、地方の民間人が日本の文化を支えてきたといっても過言ではない。地方の美術館が日本文化に果たしてきた役割は、地方の私立大学が日本の教育に果たしてきた役割と軌を一にするものであろう。
 また大原氏は、各大学が掲げてきた建学の精神こそ、地方文化の基盤であるという趣旨のことも述べている。畢竟(ひっきょう)、教育とは文化が持つ価値観や道徳観を次世代に継承するための営みに他ならないのではないか。
 大原氏の論旨は終始一貫、極めて明快である。日本が一流の国家であるためには、地方が一流でなければならないということであり、日本の文化を支えるのは民の力であるということに尽きる。今般の評価充実協議会に大原氏の登壇を願った最大の理由はここにある。
 本機構の会員校は、そのほぼ100パーセントが私立であり、3分の2以上がいわゆる6大都市圏外に立地している。「民」と「地方」が主張する力、「建学の精神」に見られる多様性こそが、本機構が擁する350を超える大学・短期大学の底力であることを、高等教育とは一見無縁である大原美術館の当主である大原謙一郎氏に語ってもらうことがこの講演の目的だった。

認証評価を受審して

 プログラム第3部は、恒例ともなっている前年度の受審校の代表を中心とするパネル・ディスカッションである。
 今年度はパネリストとして松本大学住吉廣行学長およびびわこ学院大学・同短期大学部賀川昌明学長の両氏、ファシリテーターとして土田和弘中越学園理事長にお願いした。

パネル・ディスカッションの様子。参加者である大学トップに多くの示唆を与えた。

 松本大学の住吉学長の事例報告は、大学改革の推進に当たって、学長主導による意思決定の仕組みを明確に構築したこと、オープンキャンパスなどで学生が率先して大学の紹介を行う「松本大学キャンパスナビゲーター」(マツナビ)や東日本大震災災害支援活動など、さまざまなユニークな取り組みを行うことによって、いくつかの活動が「特色GP」に採択されたことなどが印象的であった。
 一方、びわこ学院大学・短期大学部の賀川学長は、平成27年度に受審した認証評価について、教職員が一丸となって取り組み、自己点検評価書の作成から実地調査の実施に至るまでの経緯が詳細に報告された。
 両学長の事例報告は異なった視点から行われたが、いずれも確固とした信念に基づいて認証評価に臨んだことが明確に見てとることができ、今後受審する多くの大学・短期大学の責任者にさまざまな示唆を与えることとなった。
(副理事長 相良憲昭)